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マユゲの夏休み 〜第六章「ラバンラタへ」〜



 急ぎ過ぎないようにペースを調整しつつも、本日の目的地、ラバンラタレストハウスへ向け意気揚々と登ってゆく。後ろからついてくるガイドさんが時々何を思ったかギュイーンとペースを上げてマユゲを抜き去って更に先をいったりすることがある。何事かと思いつつ、追いつくと、何のことはない、登山道脇の木陰で、

こういうこと。

 マユゲが安心して笑うと、ガイドさんも照れくさそうに笑う。自然の摂理だもんね。

 キナバル山の登山道には、約30分おきにシェルターと呼ばれる休憩用の山小屋が設置されている。四畳半程度の屋根付のスペースにベンチがあり、外にはトイレと水飲み場がある。水飲み場といっても、どうやら雨水を集めているらしいタンクに蛇口がついている程度。それでもそこから出てくる冷たい水は、何ものにも代え難い。標高が上がるにつれ徐々に気温が下がってきているものの、とめどなく流れる汗によって水分は奪われる。そんな登山者にとって、シェルターはまさにオアシス。マユゲも最初のシェルターはまだまだ元気で素通りしたものの、二つ目からは必須ポイントになった。

 そして登っては休み、登っては休みを繰り返し、第6番目のシェルター「ラヤンラヤンスタッフハット」に到着。ここは、今日の行程約7km(標高差にして約1,460m)のうち、約半分の地点にあり、自然公園管理スタッフの中継基地になっている。当初、霧が立ち込める程度であった道中も、気がつけば途中から雨に変わっていた。ここまでTシャツ短パンで来たが、汗と雨でちょっと背中が冷たくなってきた。ここでTシャツを着替えよう。また、まだ小雨ではあるが今後に備え、マウンテンパーカとザックカバーを取りだす。

 ザックカバーとは、その名の通りかぶせて使うとザックを雨から守ってくれる便利グッズ。耐水ビニール地の半袋状、縁にはゴム紐。派手ででかいシャンプーハットといった感じ。この不格好な形状に加え、マユゲのは目が覚めるようなオレンジ色だったりして、このジャングルに不釣り合いなほど目立ちまくり、いささかこっ恥ずかしい。だってアウトドアショップお茶の水エルブレス登山グッズ売り場の兄ちゃんが、目立つ色にしておいた方が遭難時に見つかりやすいって言うんだもん。

 上を狙う態勢を整え再度スタートすると、まもなく雨足が強まる。ザックカバー投入時期大成功である。よしよし、いーじゃない。最初よりも更にゆっくりと進むが、やはり相当息がきつい。足元は濡れた岩場。さらに所によっては登る意欲を打ち砕くような、一段一段が高い階段状の坂も。

 そのひとつで、上を見上げながらどうしても足が動かないといった感じの登山者がいた。おとなしそうだが、身長180cm以上はある、ガタイのいい金髪の兄ちゃんだ。Helloと話しかけると、照れた顔をして、手のひらを上に向ける仕草。そうだよな、これ登るのは気持ちの準備いるわな。マユゲもちょっとすぐには登る気になれない。そこで兄ちゃんとしばしお話。

 彼はマユゲがジャパニーズだと分かるとマウントフジは登ったことあるか?と聞いてきた。おー!! よくぞ聞いてくれた。先月登ったんだよねー。すると「Which is more difficult? This?」と、こっちの方がきついと言ってくれと言わんばかりに聞いてくる。そーねー、足場はこっちの方がイージーだけど、坂の傾斜はこっちの方がディフィカルトだね。マユゲもいっちょ前の登山家のような口振りで答える。そうか、今度僕はジャパンに行くんだ。そうしたら是非マウントフジに登りたいよ、なんて社交辞令を言う彼。なんか日本人みたいだな、お前。

 「ユーもラバンラタにステイか?」
 うんそうだよ。
 「そうか僕もだよ。」
 じゃあまた後でね! てな感じで、お先にマユゲが急階段に挑む。

 うー、きつい。マジ、きつい。足を「付け根筋」で持ち上げ、カーフ(ふくらはぎ筋)とハムストリングス(太股の裏筋)および大腿二頭筋の複合作用で、体+ザックの重量を持ち上げる感覚が分かる。アタマよさげなスポーツ医学的理論も飛び出すが、口から出てくる声は「よっこらしょ」の連続。こればっかりはしょうがないです。

 急坂をクリアしたところで、濡れた足元を気遣ったガイドさんが得意の助言を披露してくれる。
「Go slowly」
オーケー、thanks。でも、そればっかりじゃん。

 それにしても強烈に腹が減った。朝、食えなかったのが、やっぱりここへ来て響く。もう限界だー、なんか食いたいっス。と思いつつ、重い足取りで階段状態の山道を登っていくと、またしてもシェルターが見えてきた。いいタイミングだ。でも食うものないしな。水と煙草で我慢するか……。そんな不健康なことを考え、雨宿りがてらシェルターに入ってみる。

 するとそこにはおいしそうなビスケットを食べている奴がいるではないか。

現地の若い人風のグループだ。

 マユゲのガイドのコゥンギンさんが親しげに話しているところを見ると、どうやら彼等もガイドなのらしい。たまらずマユゲ、声をかける。しかし英語は通じない。ダメか……。でも、飢えた男は身振り手振りで訴える。それ、くれないか? 俺、腹、ヘッタ。するとさすがボディランゲージは万国共通! 彼はピンときてくれたようだ。なーんだ、食べなよ、とでも言っているのだろうか、現地語で何か言いながら、笑顔でビスケットを差し出してくれた。おおー、サンキュー!!!  ハングリー度最高潮のマユゲ、遠慮もなく、2本指を出し、「ふたついい?」。

 彼は次々に勧めてくれ、結局5枚のビスケットをありがたくいただいたのであった。急激な炭水化物摂取でむせ返ったマユゲ、水飲み場へダッシュ、新鮮な水もゴクゴクと飲み干す。ぬぁー、マジ生き返った。改めて彼に礼を言う。相変わらず彼はやさしい笑顔で応えてくれた。

 血糖値も上がり落ち着きを取り戻したマユゲ、シェルターの中を見廻してみる。すると軒にあたる部分に案内板らしきものがついている。

もう、3,000mを超えてるじゃん!

 今まで寄ったシェルターでは、屋根付部分をたいてい外人のパーティーに占領されていたので、寄っても水飲み場付近でガイドさん連中と煙草を吸っていた。中にはこんな案内板があったのね。よくよく読んでみると、もう次はラバンラタらしい。距離でいえば、わずか550mだが、その間に登る標高差は約200m。さらに薄まる酸素、依然降り続く雨の中、本日最後の難関だな。ここで「燃料補給」できてホント良かったわ。

 まだまだのんびりと休憩をつづける若手ガイドのグループに礼を言って、雨の中へ繰り出す。ガイドさん曰く、「more 30 minutes」。よーし、と力を振り絞る。

岩の間を水が流れ落ちてくる。

 このつらさ、やっぱりキョウイチです。「more 20 minutes」。オーケー。

 最もきつい坂の途中、とある黒人の中年夫婦にキャッチアップする。ちょうどいいや。小休止しつつ話しかける。どうやら彼等はカナダから来たらしい。Holidayだって。一緒、一緒、俺もなんです。でも、いいっスね。二人で休暇とって旅行。マユゲも将来、愛する奥さんとそういうゆとりある休暇を過ごすぞ、と心に誓ったりして。

 しかしダンナの方はだいぶへばってるな。もうちょっとらしいから、がんばろう。「more 3 minutes」。ホント?

 そしていよいよ建物が見えた!

よっしゃー。

 メシ食いてー、シャワー浴びてー、横になりてー!!

間違いない。「ラバンラタ」だ。

 14時40分、無事ラバンラタレストハウスに到着。ティンポホンゲートをくぐったのが、だいたい10時40分だったから、ちょうど4時間か。標高3,273m。ほとんど富士山頂と変わらない高さ。来たね来たね、結構。ちょっと自分を誉めたくなる。雨に濡れたパーカとザックの水を払い、中へ入る。するとそこは、食堂になっていた。

先着組がくつろぐ。

 まずは食堂の奥にある売店で缶ビールを購入、駆け付け一杯とばかりにグイッと飲み干す。くぅーーーーっ、最高! 微笑ましく見守っていたガイドさんが2階の部屋へ案内してくれる。 部屋はドミトリースタイルで、2段ベッド×2の4人部屋。向かって左のベッドには先着組の荷物があるものの誰もいない。みんな1階の食堂でまったりしているらしい。鍵は一人に一つ渡される。誰かが部屋を出るたびに鍵を閉めていくことになるのだ。

 ガイドさんとはここでひとたびお別れ。彼もここラバンラタに宿泊するのだが、ガイドさんたち用の大部屋に泊まるらしい。明日の朝は午前3時に食堂で待ち合わせね、オーケー。ホントにありがとう。握手をして別れる。さっそく荷物を降ろし、濡れた衣類やタオルをベッドに干す。

右下の段いただきー!

 そして着替え一式をもち、パンツ一丁でシャワー室へ走る。シャワー室といってもトイレの個室のひとつでしかなく、お湯はがっかりするほどぬるい。へーー、クション。とはいえ、頭と体を洗ってスッキリ生き返る。

 部屋に戻ると、「あれっ?」。いただいたはずの右下ベッドに荷物が置いてあるぞ。4人目が到着したらしい。やられた、油断もスキもあったもんじゃない。まあいいや、マユゲは小柄だし、上でもいいもーん。長袖、長ズボンに着替え、食堂へ降りる。

 相変わらずみんなゆっくりとつろいでいる。トランプとかunoやってるよ。マユゲもグッタリとベンチに腰を下ろし、しばし充実感に満たされる。

 しかし2分もしないうちにお腹がキューキュー叫び出す。そーだ、激ハラヘリだったんだ、俺。忘れてた。メニューからチキンホニャララ(忘れた)ライスを注文し、しばし待つ。そして料理がテーブルに運ばれてくるやいなや狂ったようにかぶりつく。約3分で完食。足りないもんだから、売店で「ミロナゲッツ」というお菓子を買って来て、ホットコーヒーも注文。

うー、満足。

 コーヒーはとても温かく、シャワーで若干冷えた感じであった体も徐々に暖まってくる。コーヒーの注文とりと給仕をしてくれたのは、ここのスタッフの兄ちゃん。小柄な馳 浩といった感じのナイスガイで常にスマイル対応。そんなこともあり、マユゲもだいぶくつろいできた。あー力が甦ってくる感じ。明日の山頂アタック楽しみだな。

 ふと立ち上がって玄関から外を覗いてみると、まだまだ雨は降り続いていて、山頂付近にはガスがかかっている。岩肌を滝のように流れ落ちる水が見える。夜中に登るのに大丈夫なんだろうか。実際にその険しい岩肌を目にすると、やはり少々不安がよぎる。

これを登るのか……。

 再び食堂に戻ると、となりのテーブルに中国系の顔をした若いギャル二人組が座っているではないか。出身は香港? 台湾? 年齢にして22、3? そんな感じ。ラバンラタ到着に大喜び&何食べようか、って感じでキャッキャ、キャッキャやっている。へぇー、驚いた。若い女の子二人でこんな山登るんだ。面白いこと考える子たちだね。

 またしばらくくつろいだ後、暇を持て余し一度部屋へ戻って明日の準備をすることに。すると、2段ベッドの下を占領した奴が発覚。
 「Hi!」
なんだ、お前か。さっきのマウントフジ兄ちゃんだった。「いいかい、ここ?」と遠慮がちに聞いてきたので、くつろぎモードのマユゲは笑顔で答える。Sure! 俺も、もう上の段にいろいろ置いちゃったよ。今着いたの? 「いや、30分ほど前に着いてシャワー浴びていたんだ」。そうかい、俺は下でコーヒー飲んでたよ。それにしても疲れたね。きつかった? てな感じで話しはまたもマウントフジ談義へ。

 しばらくすると、部屋の窓の下、ちょうど玄関のあたりから何やら騒がしい声が聞こえてきた。どうしたんだろう?と思っていると、マウントフジが言うには、下では「晴れて来て山頂付近が見える」と騒いでいるとのこと。彼もニコンの一眼レフを大事そうに抱えて「僕も写真を撮ってくるよ。」と飛び出していった。かと思ったらすぐに戻ってくる。What's wrong? そしたら「靴はいてくの忘れた」だって。おいおい……、慌てん坊だな、お前。

 マユゲもサイバーショットを手に追いかける。玄関に降りてみると10人程度が集まっていた。ハンディカムを回す人やら、一眼レフで狙う人やら。マユゲも何枚か写真に収める。

ごっついのう。

 集まっている人たちを見ると、どうやら世界中からここに来ているらしいことが分かる。英語がネイティブっぽくないのだ。フランス語っぽい人がいたり、ロシア語(?)っぽい人がいたり。見るからにジャーマンって感じの顔つきをした奴もいる。そこにいた銀髪の長身ハンサムボーイがいとも簡単に言う。

 「It looks difficult ,isn't it?」

 間違いなく今日登ってきた道より激しそうだ。でも楽しみじゃないの。そう呟くマユゲの息は白い。やはり外にいると寒さがこたえるね。

 部屋に戻り、上段のベッドで再び翌日の準備。しかし、ここには毛布一枚しかないよな。大丈夫かな、今夜? 向いの2段ベッド上段には、なんとシュラフが置いてある。あっ、こいつ準備いいんだー。うらやましい。しょうがないやと、スウェットの上にベストを着込み19時30分にはベッドに入って毛布をかぶる。明日は2:00起床だ。起きれるかな? (つづく)
2000年8月15日(火)

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